6年ぶりに路線価が下落、不動産市況はどうなる?

アナリストが解説2021年路線価

この記事の概要

  • 2021年7月1日、国税庁が2021年の路線価を公表しました。日本不動産研究所の不動産エコノミストである吉野薫さんに、2021年の路線価のポイントについて解説いただくとともに、住宅購入検討者への影響などについてうかがいました。

吉野薫さん

大幅下落でも不透明さは払拭

ここ5年上昇が続いていた路線価の全国平均ですが、今年はマイナス0.5%と大きく下落に転じました。2020年からの新型コロナウイルスの影響がありありとうかがえますが、まずは路線価の全体傾向についてお教えください。

■路線価の前年変動率(全国平均)

2014年 2015年 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年 2021年
▲0.7% ▲0.4% 0.2% 0.4% 0.7% 1.3% 1.6% ▲0.5%

吉野:今年の路線価は、昨年からのコロナ禍による経済活動の落ち込みが初めて反映されたわけですが、平均では大幅な下落となりました。とくに大都市の繁華街をはじめ、インバウンドなどの観光需要で押し上げられていたエリアは下落幅が大きいようです。大阪を例に取ると、ミナミが近年のインバウンド需要で大きく地価を上げ、キタの地価に肉薄していましたが、ミナミの中心部に位置する中央区心斎橋筋2丁目(心斎橋筋)は今回マイナス26.4%と、下落率が全国でワースト1となりました。

■関西の最高路線価の2021年路線価と対前年変動率

関西地区最高路線価 地点 2021年路線価 対前年変動率
第1位 大阪市北区角田町(御堂筋)*阪急うめだ本店前 1976万円 ▲8.5%
第2位 大阪市中央区心斎橋筋2丁目(心斎橋筋) 1584万円 ▲26.4%
第3位 大阪市北区大深町(JR大阪駅北側) 1200万円 ▲8.2%

その反面、同じ大阪でもオフィス需要の高いキタは、変動率がそう大きく下がっているわけではありません。全国一律に下落しているのでなく、下落幅の小さなところ、あるいは上昇したエリアも存在するわけで、地価をかたち作っている形成原理が毀損されたわけではありません。

今回のコロナ禍にあって路線価が上昇したところもあるわけですね。

吉野:幅は小さくなりましたが、路線価が上昇したエリアも各地に点在しています。共通するのは、駅やまちの再開発、交通インフラの整備など利便性が大きく向上した地区。新幹線やLRT(次世代型路面電車)の開通を間近に控えた福井や宇都宮、駅や駅前再開発が進む仙台や横浜、千葉など、都市としてのポテンシャルを秘めているエリアは人気も高く、利便性や地域からの期待感が路線価を高めていると言えそうです。

■都道府県庁所在都市の最高路線価の対前年変動率

上昇率 地点 対前年変動率
第1位 仙台(青葉区中央1丁目・青葉通) 3.8%
第2位 千葉(中央区富士見2丁目・千葉駅前大通り) 3.5%
第3位 宇都宮(宮みらい・宇都宮駅東口駅前ロータリー) 3.4%
第4位 横浜(西区南幸1丁目、横浜駅西口バスターミナル前通り) 3.1%
福井(福井駅西口広場通り) 3.1%

また、経済活動や不動産マーケットは2020年の前半と後半とで様子が違っていました。一律に2020年全体を「大きな下落」として捉えるのは早計かと思っています。

どういうことでしょうか。

吉野:新型コロナウイルス発生当初は緊急事態宣言が発出されるなど、経済活動が全部門的にわたって抑制され、不透明感も多々あったために地価の下落圧力が強まりました。しかし2020年後半になると、飲食や観光業など対人型サービス業などは引き続き抑制されましたが、それ以外の部門については活動を再開するなど、先行きの不透明感が払拭されていきました。その意味で、2020年後半は既に一部の地域で地価は下げ止まりを見せ始め、一時的な下落圧力から脱する状況に向かっているとも考えられます。

住まい選びを見直す機会にしては

では今回の路線価を住宅地から見ていくと、どのような傾向がうかがえますか。

吉野:コロナ禍によって土地取引が減少したこともあって、住宅地においても全体的には下落傾向にあります。ただ、下落幅が小幅であったり、横ばいまたは上昇するエリアもあるなど、商業地と比べて比較的穏やかな推移とみています。

首都圏では千葉県が唯一前年比プラスになっていますが、実際は都心に近いエリアのみが上昇しています。東京への通勤利便性が住宅地としての需要を高めているのでしょう。同様に、神奈川や埼玉もマイナス幅は小幅です。

■関東地区の都道府県別変動率(前年との比較)

都道府県 平均変動率
東京都 ▲1.1%
神奈川県 ▲0.4%
埼玉県 ▲0.6%
千葉県 0.2%
栃木県 ▲1.1%
茨城県 ▲0.7%
群馬県 ▲1.0%

■千葉県の地価上昇エリア例

地点 2021年路線価 対前年変動率
千葉市中央区富士見2丁目(千葉駅前通り) 118万円 3.5%
市川市八幡2丁目(本八幡駅前通り) 151万円 3.4%
船橋市本町1丁目(船橋駅前通り) 208万円 1.0%

しばらく前に東京からの人口流出がニュースになりましたが、現在東京へのオフィスワーカーが都心から脱出するような動きは顕在化していませんか。

吉野:私ももっと二地域居住や郊外・地方への住み替えなどが加速するのかと注視していましたが、新しい生活スタイルとして定着するような動きにまではまだ至っていないようです。立地を犠牲にしてでも、広さを確保する層が増えるかと思っていたのですが…。東京からの人口流出は、コロナ禍で飲食店などの各種対面型サービス業が停滞し、雇用がなくなるなどの理由ではないかと考えています。

都市部ならではの利便性追求の傾向はそう変わらないということでしょうか。

吉野:長距離通勤も週に1〜2回なら我慢できるでしょうが、それ以上となると負担に感じるなど、オフィスへの近さは依然重要なのだと思います。郊外も、一定の通勤利便性があり、商住近接で買い物に便利といったエリアの人気が高くなっています。

実は地方部の住環境においても近年、都心居住という文脈が台頭してきています。車を持たず、徒歩でデパ地下に買い物に行くような暮らし方を求める需要が地方でも増加しているのです。実際、各地で商業地に高層マンションなどの住宅需要が沁(し)みだしてくる傾向も見られます。福岡の商業地は今年も路線価が上昇していますが、商業需要というよりマンション需要が高いことも一因かと思われます。

そのようなトレンドの中で、今後の住まいの選び方として注視しておくべきことはありますか。

吉野:共働き夫婦がコロナ禍によって奥様のアルバイト・派遣仕事がなくなり、住宅ローンの返済が負担になるケースが出ています。既に社員である方の雇用が脅かされるほどではありませんが、終身雇用が当たり前でなくなりつつある昨今、これからの資金計画はもっと慎重になってもいいかもしれません。

コロナ禍は、私たちの暮らしのさまざまなリスクを露呈させました。顕在化されたリスクを、どうヘッジし、あるいは理解・納得のうえ引き受けるのか…。立地、広さ、間取り、築年、通勤利便性、そして価格…。ご自分たちが何を重視し、どのようなリスクを取るのか、暮らしの設計のなかで自分たちの価値観を大切にしていってください。

解説

吉野薫さんのプロフィール

日系大手シンクタンクを経て一般財団法人 日本不動産研究所で不動産エコノミストを務める。国内外のマクロ経済と不動産市場に関する調査研究に従事している。

※ 本コンテンツは、不動産購入および不動産売却をご検討頂く際の考え方の一例です。

※ 2021年7月30日本編公開時の情報に基づき作成しております。情報更新により本編の内容が変更となる場合がございます。