賃貸住宅が「終の棲家」になる未来について考えてみよう

連載タイトル:「不動産投資」管理の重要なポイント(第19回)

この記事の概要

  • 高齢化が急激に進行している状況を鑑み、厚生労働省は、高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けるための地域包括システムの構築を進めています。賃貸住宅オーナーもこの社会の変化に無関係ではいられない中、公益社団法人全国宅地建物取引業協会連合会より、賃貸住宅オーナーにとって見逃せない新たな考え方が公表されましたので、詳細を確認していきましょう。

賃貸住宅が「終の棲家」になる未来について考えてみよう

1.高齢者の入居が進まなかった理由

不動産管理会社がこれまで高齢者の入居を積極的に受け入れてこなかった理由の一つに「室内で亡くなるリスクが高いこと」が挙げられます。一人暮らしの高齢者の入居を受け入れて室内で万一のことがあった場合、次の入居者に説明・告知を行うのかどうかという問題が生じます。もし説明・告知を行うならば、家賃が下がるリスクが生じるため、賃貸経営にとっては大問題となります。

宅地建物取引業法では、その物件を借りるかどうかの判断に重要な影響を及ぼす事項について、賃貸借契約締結前に入居者に説明しなければならないとされており、その中には雨漏りやシロアリ被害などの物理的瑕疵の他、心理的瑕疵も含まれています。心理的瑕疵とは、その内容を知った人が「物件を借りるのをやめよう」と考える可能性がある事件や事故などの情報のことです。

単身の高齢者が室内で亡くなった場合に説明・告知をする必要があるのかと言うと、実はそこには明確な決まりはありません。単身の高齢者が物件の居室内でその天寿を全うしたことがそのまま事件や事故と扱われるとは考えにくく、説明・告知についても法令上の決まりは無いのです。

しかし、賃借人とのもめ事を避けたい不動産業者としては、自己判断で危ない橋を渡るよりはと自主的に告知を行っているケースが多いのが実情です。不動産業者を対象にしたアンケート調査では、「原因が自然死でも告知する必要がある」と考える不動産業者が過半数という結果が出ています。説明・告知をするという選択をする場合、家賃値下がりのリスクが高まってしまうので、「それならば高齢者は受け入れないでおこう」という流れになっていたのです。

2.説明・告知のあり方に係る考え方

住宅の確保に配慮が必要な高齢者は、今後も増加する見込みと言われています。その問題解決のために不動産業者が果たす役割は大きいとして、公益社団法人全国宅地建物取引業協会連合会では調査研究を続けており、平成30年度に引き続き「令和元年度 住宅確保要配慮者等の居住支援に関する調査研究報告書」を公表しました。

今回の調査研究報告書で画期的だったのは、単身高齢者が室内で亡くなったときの説明・告知義務について『原則として説明・告知の必要はないものとする』という考え方がはっきりと示されたことです。これを受けて、「告知しなくて良いのであれば次の募集時に家賃を下げずに済むので、高齢者を斡旋しやすくなる」と考える不動産業者が増えるのではないかと思われます。もちろんこれはその事実を隠して良いというものではなく、「そういう物件は避けたい」と考える人に尋ねられたら、不動産業者には知っていることをきちんと回答する義務があります。賃借人側の知る権利もきちんと守られているのです。

また、どんな時でも説明・告知をしなくて良いのかというとそうではなく、『近隣から居住者に異変が生じている可能性が指摘された場合には、説明・告知をする必要がある』とされています。次の賃借人が近隣から当該事実を知らされた場合に、それが心理的瑕疵に繋がる可能性があると考えられたからです。

そして、説明・告知が必要になった場合でも『次の賃借人が通常想定される契約期間(2年契約であれば2年)の満了まで居住を継続した場合には、次の賃借人には説明・告知の必要はない』とされました。心理的瑕疵は時の経過により薄まるとされているからです。いつまで説明・告知をするのかということも、今まで様々な都市伝説ともいうべき噂や解釈が錯綜していた論点なので、今回明文化されたことは画期的であると言えるでしょう。

単身高齢者

3.これから目指すべきは早期発見

賃貸物件オーナーの立場から考えると、説明・告知を行わないことで家賃下落リスクが排除できる可能性が増えたとしても、発見が遅れてしまった場合には特殊清掃が必要となり、通常の退去時よりもリフォーム代がかかるという問題が残っています。

その特別なリフォーム代金は賃貸人が負担するのか、賃借人が負担するのかについても議論が分かれています。物件の室内で賃借人が天寿を全うしたこと自体は、「善良な管理者の注意義務違反」に当たらないとされており、故意や過失でもないので特殊清掃費用は賃借人の相続人や連帯保証人に請求できないという意見もあれば、通常の使用を超えるような使用に当たるので請求できるという意見もあります。実際には、お身内を失ったばかりの相続人や連帯保証人の気持ちを考えると、賃貸借契約の解約や荷物の撤去をしてもらうのが精一杯で、特殊清掃代を賃貸人が負担するケースも多く発生していました。

それらのリスクヘッジには保険が使われてきましたが、そもそも亡くなった後すぐに発見されれば高額なリフォーム代は必要ないことになります。早期発見できれば、先に述べた近隣から異変の指摘を受けるケースも減るはずで、説明・告知が必要なくなればオーナーも不動産管理会社も助かりますし、亡くなった賃借人もそのお身内も当然早く発見して欲しいはずなので、みんなの幸せに繋がることになります。

IT化が進み、安価で導入しやすい見守り機器も増えていますので、賃借人に万一のことがあった場合に早期発見することは、さほど難しくなくなってきています。今回の調査研究報告書が公表されたことで、見守り機器やサービスの導入が進み、早期発見が当たり前になっていくことが望まれます。

これから高齢社会がますます進展し、出来るだけ長く自宅にいたいと希望する人が増えてくれば、賃貸住宅の室内で賃借人が亡くなることが特殊ではなくなってくるでしょう。若かった入居者もいつかは高齢者になりますし、高齢の親を自宅近くに呼び寄せることになれば、オーナー自身が賃借人側の立場になることもあり得ます。賃貸住宅が「終の棲家」になる未来はすぐそこまで来ています。オーナー様も今のうちから自分自身の問題として考えておくと良いでしょう。

著者

伊部尚子

公認不動産コンサルティングマスター、CFP®
独立系の賃貸管理会社ハウスメイトマネジメントに勤務。仲介・管理の現場で働くこと20年超のキャリアで、賃貸住宅に住まう皆さんのお悩みを解決し、快適な暮らしをお手伝い。金融機関・業界団体・大家さんの会等での講演多数。大家さん・入居者さん・不動産会社の3方良しを目指して今日も現場で働いています。

※ 本コンテンツは、不動産購入および不動産売却をご検討頂く際の考え方の一例です。

※ 2020年8月31日本編公開時の情報に基づき作成しております。情報更新により本編の内容が変更となる場合がございます。

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