2020年路線価は5年連続上昇、新型コロナで不動産市場はどうなる?

アナリストが解説2020年路線価とアフターコロナ

この記事の概要

  • 2020年7月1日、国税庁が2020年の路線価を公表しました。日本不動産研究所の不動産エコノミストである吉野薫さんに、2020年の路線価のポイントを解説していただきました。なお、今回公表された路線価は新型コロナウイルスによる影響は織り込まれておりませんので、今後の新型コロナウイルス感染拡大の不動産市場に与える影響についても語っていただきました。

吉野薫さん

7月1日に国税庁が2020年の路線価を発表しました。ポイントを解説していただけますか。

吉野:路線価とは、相続税や贈与税の税額を算定する基準となる数値です。毎年1月1日を評価時点として、3月に発表された公示地価の8割程度を目安に評価されています。したがって、今回、発表された路線価は新型コロナウイルスの感染拡大による影響を反映していないということを認識しておいてください。

ただし、近年、路線価がどのような要因でどのくらい変動してきたのを知っておくことは、新型コロナウイルス感染拡大による不動産市場への影響を推測する際にも役立ちますから、2020年の路線価の動向をつかんでおくといいでしょう。

近年、全国の路線価の変動率を見ると、リーマン・ショックを機にマイナスが続き、2016年にようやく上昇に転じました。そして、それ以来、変動率は2020年で5年連続プラスになっています。上昇幅は、2016年が0.2%、2017年が0.4%、2018年が0.7%、2019年が1.3%、2020年が1.6%。年を追うごとに上昇幅は拡大していることが分かります。

表1 路線価の変動率(全国平均)

(単位:%)

2014年 2015年 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年
▲0.7 ▲0.4 0.2 0.4 0.7 1.3 1.6

2020年、路線価の上昇が顕著になっているとのことですが、その要因をどのように分析しますか?

吉野:先ほどの上昇率はあくまでも全国約32万地点の平均値です。平均以上に上昇している地点もあれば、いまだ下落が続いている地点もあります。例えば、都道県別に変動率を見ると、一番高かったのは沖縄県の10.5%、2番目が東京都の5.0%でした。その一方、半数を超える26県ではいまだ変動率はマイナスです。もちろん、都道府県内でみても上昇している地点と下落が続いている地点があります。

上昇している地点にはなんらかの要因があります。代表的な上昇要因は、インバウンド需要や再開発などによる収益性の向上です。これまでこちらのサイトでもたびたび説明してきましたが、インバウンド需要は全国各地で大なり小なり発生しており、観光地を中心に上昇要因となっています。北海道のニセコ、金沢といった地方から、東京の台東区や墨田区、大阪の“ミナミ”といった大都市中心部まで、幅広い地点がこの恩恵に預かっています。

そして、再開発により、街の賑わいが変化したことによる影響が見られるエリアも目立ちます。2020年の路線価では、この変動要因が顕著に表れた例として栃木県宇都宮市が挙げられます。宇都宮駅東口の駅前ロータリーの評価地点が前年よりも13.7%も上昇したのです。これは現在進行中の駅前再開発の影響と見られます。

商業地についてはインバウンド需要や再開発によって、「その場所でより稼げるようになったから土地の値段も上がった」と説明できますが、住宅地の変動要因はどうでしょうか。

吉野:住宅地の大きな変動要因としては利便性の改善が挙げられます。代表的なのは新線の開通で、全国各地でこの要因による上昇が見られます。

利便性の改善による地価上昇は、新線開通のタイミングだけで見られるものでもありません。以前に行われた新線開通などの結果、すでにかなり利便性が高まっていたのにもかかわらず、同じレベルの利便性の地域よりも、割安になっていたエリアが見直されて顕著な地価上昇が起こっているケースも珍しくありません。

この例として分かりやすいのは東京エリアです。東京都の東側(江東区、江戸川区など)は、地下鉄の整備や再開発の進行で交通の利便性や生活の利便性がかなり以前から向上していました。けれども、西側(世田谷区、杉並区など)よりも地価が低く割安感がありました。それが近年、見直され、上昇率は西側を上回っています。

2020年の路線価の動向と変動要因を説明していただきましたが、そうした地価動向は新型コロナウイルスの感染拡大の影響をどのように受けると思われますか。

吉野:今回の新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、バブル崩壊やリーマン・ショックの時のように不動産価格が急激に下落するのではないかといった見方も一部にあるようですが、私はそうした恐れは基本的にはないと考えています。

その理由は、日本銀行や政府、あるいは世界の中央銀行や政府の懸命な努力によって金融情勢が大きくは変わっていないからです。不動産の価格は、金融の影響を大きく受けます。リーマン・ショックの時はもちろん、バブル崩壊後の地価下落も、金融市場の変化により不動産に資金が流れにくくなったことが大きな要因です。バブル崩壊の時は、合理的でない地価上昇の影響で不動産を担保にした融資が不良債権化し、金融機関自身が経営危機に陥って、不動産関連への融資を極端に絞ってしまいました。

それに対して、現在、金融機関の経営、資産状況は基本的に健全です。不動産関連の融資に対する姿勢も変わっておらず、不動産市況が急激に悪化する可能性は低いと見ています。また、金融情勢がそれほど変化していないこともあって、今後、新築マンションの売れ行きが悪くなっても、バブル崩壊時のように大幅に値下げをして、損切りをしてでも売ってしまうといったことはないのではないでしょうか。現在の新築マンション供給は大手不動産会社中心ですから、ある程度資金的な余裕があり、損失を出してまであわてて在庫を減らしてしまおうという経営判断はしないと思います。

そうなると、新型コロナウイルス感染拡大の影響はそれほど大きくないということですか。

吉野:不動産市場全体が急激に変化することはないと見ているだけで、ある程度の悪影響は避けられないと考えています。実際、かなりの確率で地価の下落が予想されるエリアもあります。例えば、インバウンド需要の恩恵要因で地価が上昇したエリア。外国人観光客が従来のレベルまで増加するにはそれなりの時間がかかる見通しなので、しばらくは、そうしたエリアの収益性が悪化することは間違いありません。当然、地価には悪い影響がでるでしょう。

同時にこの要因による悪影響については、長期的にみれば、それほど深刻には考えていません。新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界の観光需要が長期にわたって低迷するといった見方もありますが、私はそうは予測していないからです。世界の観光需要は新型コロナウイルスのワクチンなどが開発されれば戻ると考えていますし、その中でも、新型コロナウイルス感染による被害が比較的少ない状況の日本に関しては、「世界の中でも安全に旅行できる国」として、回復が早いのではないかと思っているからです。

インバウンド需要以外への影響はどういう点が注目でしょうか?

吉野:もっとも心配されるのが、所得と雇用への影響です。新型コロナウイルス感染拡大の影響で2020年の上半期における企業の業績は非常に悪化しましたから、ボーナスを含めた所得への影響は避けられません。それが2020年下期、あるいは2021年上期にどれだけ回復するかが注目されます。そして2020年上期は、政府の支援策などもあって雇用への影響は最小限で済みましたが、それが今後、どのようになっていくのか要チェックです。

不動産市場、特に住宅に関しては、所得や雇用の影響を非常に強く受けます。ですから、これらが短期間で回復せず悪化が続くようなら、不動産市場にダメージが及ぶでしょう。所得が減り、雇用に心配があるような状態になってしまえば、住宅購入意欲は減退してしまいます。

もう一つ不動産市場に大きな影響を及ぼすのが、企業の設備投資動向です。企業が設備投資を控えてしまえば、オフィスなどの商業用不動産を中心にダメージを受けます。こちらも、2020年上期の企業業績悪化から、下期以降、どのように回復していくのか注目です。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、テレワークを導入する企業が急増するなどライフスタイルが大きく変わりつつあります。その影響は?

吉野:今回、きちんとした準備のないまま、あわててテレワークを導入した企業も多かったと思います。そうした企業も含めて、今後は、テレワークも含めてベストな働き方を企業とワーカーがしばらくは模索していく期間が続くと思います。ですから、不動産市場への影響も、急激なものにはならないと考えます。

確かに「働き方改革」によってワークスタイルや住まいの在り方は今後、変わっていくでしょう。しかし、それは生命の危機への対応としてやむなくテレワーク導入を急いだ今回の対応とは、時間軸が異なると思われます。少なくともしばらくは、都心(中心市街地)のオフィスに集まって働くことが基本となるワークスタイルが続く可能性が高く、働き方の多様化が定着するのは次のステップと見るほうが合理的です。不動産市場への影響も限定的になると考えています。

それでは最後に、アフターコロナの不動産市場をウオッチするポイントを整理していただけますか。

吉野:まずは、金融情勢の変化に敏感になるといいでしょう。金融機関の収益性・健全性をチェックしたり、不動産関連の融資動向に関して変化をウオッチしたりしましょう。また、所得や雇用情勢、企業の投資動向の変化も見ておく必要があります。こうした不動産市場に影響を及ぼす経済データに関心を持ってほしいと思います。

もう一つ申し上げたいのは、今回はあくまでも新型コロナウイルス関連に絞って不動産市場への影響を解説したということです。実際は、米国における人種差別に起因する国内の動揺や、東アジアにおける地政学リスクなどにも注意を払う必要がありますから、幅広く情報を集めてください。

解説

吉野薫さんのプロフィール

日系大手シンクタンクを経て一般財団法人 日本不動産研究所で不動産エコノミストを務める。国内外のマクロ経済と不動産市場に関する調査研究や、日本の不動産市場の国際化に関する調査に従事。

※ 本コンテンツは、不動産購入および不動産売却をご検討頂く際の考え方の一例です。

※ 2020年7月31日本編公開時の情報に基づき作成しております。情報更新により本編の内容が変更となる場合がございます。