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この記事の概要
吉野:日本の路線価は、リーマン・ショックを機に全国平均が低下し続け、2016年に上昇に転じました。以来、今年で4年連続の上昇となりました。しかも上昇幅はプラス0.2%(2016年)、0.4%(2017年)、0.7%(2018年)と続き、2019年はプラス1.3%と大幅に上昇しているのが特徴です(表1参照)。これまでマクロ経済は堅調といわれてきましたが、企業の業績が伸び、家計の雇用・所得環境が改善するなど、実需が活性化してきていることが、高い数字につながったように思います。
路線価とは、相続税や贈与税の税額を算定する基準となる数値です。3月に発表される公示地価より世間の関心が高い指標といわれており、毎年1月1日を評価時点として、公示地価の8割程度を目安に評価されています。したがって、その動向は、公示地価と同じような傾向を示すことになります。
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吉野:平成バブル期のようなリスクを伴った路線価の上昇でなく、新たな実需を集めた結果がこうした数字に表れてきたのであり、ポジティブな地価上昇の局面と受け止めています。例えば、日本一地価の高い東京・銀座5丁目の「鳩居堂前」は1㎡当たりの路線価が4560万円と最高値を更新しましたが、上昇率2.9%と小幅なものに留まりました。2018年の9.9%アップと比べると、穏やかな上昇率となっています。鳩居堂前は希少性ゆえに不動産市場で高値をつけられがちですが、今年の動向を見る限り、やたら加熱するのでなく、経済合理性を伴った上昇といえるのではないでしょうか。
吉野:地価上昇の動きが大都市圏だけでなく、地方部にも波及している点に注目しています。都道府県単位で見ると、地方部は大都市圏と比べて変動率が低めで、下落しているところも多いのですが、都道府県を1つひとつ見ると、秋田市や高知市といった地方の都市部(県庁所在地)では地価の上昇が見られ、地方経済の活性傾向がうかがえます。2019年の変動率がマイナスの県は27県あり、そのうち22県のマイナス幅が昨年より縮小しました。
とはいえ、全ての地方都市が活性化しているわけではありません。訪問者を正しく受け入れ、街のにぎわいをきちんと演出できている地域だけが、地価の上昇=路線価の上昇を呼び込めているようです。
人々が街に出てくる動機づけ、つまり働く場所としてだったり、遊ぶ場所だったりを作ってあげることが大切です。人々が集まることによってにぎわいが生まれ、コンテンツ化していく。街づくりとして、にぎわいをどう作っていくか。これはこれからの人口減少社会における重要なキーワードともいえるのではないでしょうか。こうした動きは日本だけでなく、世界的な潮流といえます。
吉野:1つはやはりインバウンド効果です。海外からの訪日外国人客は客数・消費額とも過去最高を更新しており、こうした人々を上手に取り込むことのできた地域では路線価が上昇しています。リピーターが増えたことなどもあり、今や外国人旅行者の訪問先は大都市部だけに留まりません。旅の目的地は日本全国の街へと広がっており、これが地方部の地価上昇につながっているといえます。
路線価変動率の上位10都道府県は2018年と変わりませんが、11位以下の都道府県で2018年にマイナスだった変動率がプラスに転じたのが、石川県と大分県です。
石川県は金沢市を中心に堅調ですが、市内だけでなく周辺都市も地価が上昇しており、旅行客だけでなく地域経済の活性化がうかがえます。大分県はマイナス0.2%からプラス0.6%に転じました。背景として、温泉を中心としたコンテンツでインバウンド客を上手に取り込んだ感があります。LCC(格安航空会社)の就航によって訪問客を増やすなど、交通インフラの充実も見逃せません。
高知県は全国37位と変動率では下位の県ですが、高知市中心部の帯屋町一帯に新たな観光スポットや公共施設を上手に配置したことでにぎわいを生み出し、街の価値を高めることに成功しました。これにより、高知市内の最高路線価が27年ぶりに上昇。高知県全体の変動率は、マイナス1.0%からマイナス0.5%へと下落幅が鈍化しました。
吉野:インバウンド需要と併せて見逃せない動きが、郊外や農山村部から、中心市街地と呼ばれる街への人口移動の流れです。以前は、日本人の「住宅すごろく」でいうところの、賃貸住宅からスタートして最後に郊外の広い庭付き一戸建てを手に入れる“持ち家志向”が大勢を占めていましたが、近年では、住宅所有者の高齢化や若い共働きの夫婦やカップルが増えたことなどから、公共交通が整い、徒歩でも移動しやすい駅近エリアの利便性が見直され、人が集まってくる傾向に変わりつつあります。持ち家があっても、街中に住み替えるケースが増えているようですね。
こうした傾向は大都市圏、地方圏共に変わらず全国共通の動向と見ています。リーマン・ショック以前、不動産マーケットを牽引していたのは東京・大阪・名古屋の3大都市圏でしたが、現在は福岡や広島、札幌など、地方都市でも街中に高層マンションが多く建ち、また人気を呼んでいます。
マクロな視点で見ると、今後は、住みやすさを求めて、これまで大都市圏が吸収してきた人々による地方圏へのIターン、Uターンが増える可能性も秘めています。今年の路線価アップの1位は沖縄県ですが、那覇市だけでなく周縁地域もアップするなどホテル需要だけでない動きがあり、移住による人口移動はこれからのトレンドとして期待できるかと思います。もちろん数年でそうした動きが加速するのでなく、1~2世代かけて緩やかに変わっていくものだと考えています。
吉野:東京都では浅草や蔵前といった場所で上昇率が高くなっています。東京23区の東部や北部など、ネームバリューはさほどなくても、実はアクセス性など利便性の高いエリアは割安感があり、値頃感も相まって、活況を呈しています。
先ほど話に出た、郊外から中心市街地への人口移動の動きは大都市圏でも同様の傾向です。一方で、郊外の広い土地と自然環境を求める層は一定数いるはずで、やがて需給のバランスが整っていくのではないでしょうか。
こうした背景にあるのは、多様な価値観が許容される社会になりつつあるからだと思います。例えば、子育て世代の中にも通勤の利便性より住環境を優先する家庭も一定数いらっしゃるはずですし、逆のパターンもあり得ます。また、オフピーク通勤やフレックスタイム制など働き方改革の進展やIoTの深化の進み具合によって働き方も変わってくるわけで、今後住まい方も住まいの価値も大きく変わっていく可能性があります。
吉野:大阪の最高路線価は梅田の阪急百貨店前(大阪市北区角田町)でした。いわゆるキタのエリアですね。ここは長年にわたって大阪の最高路線価の所在地として君臨し続けています。一方、2018年の公示地価では、ミナミの標準地がキタを逆転し、2019年3月に発表された公示地価でもその序列が維持されています。公示地価ではミナミが上位、路線価ではキタが上位、というわけです(表4参照)。
*公示地価と路線価とでは調査地点が異なる
こうした「ねじれ」が生じる主な原因は、路線価と公示地価との間で調査の対象が微妙に異なることにあります。ミナミについては、公示地価、路線価ともに、心斎橋筋の戎橋北詰が最高値のポイントです。一方、上述のとおりキタの最高路線価は梅田の阪急百貨店前ですが、公示地価の最高地はグランフロント大阪です。阪急百貨店前には公示地価の調査ポイントが設定されていないのです。
もっとも、昨年の路線価まではミナミのこのポイントが大阪府の最高路線価上昇率トップであったことを思い返すと、今年はやや様相が変わってきたといえるかもしれません。今年の大阪府内の最高路線価上昇率のベスト3は、新大阪駅前、江坂駅前、千里中央駅前と、いずれも御堂筋線・北大阪急行沿線で梅田(キタ)以北で、かつオフィスやホテルも立地するエリアとなりました。インバウンドを背景とした商業店舗の需要に支えられて急上昇したミナミのポイントに加え、オフィスやホテルの需要によって周縁部も活性化しているといえます。
吉野:確かに地価の上昇に伴い、住宅の取得価格が高めになる傾向は否定できません。しかし私は、不動産に流動性が生まれてきたことで、購入対象となるストックも増えている状況にあり、むしろ多彩な物件の中から、好みやタイミングに合った1軒を選びやすくなってきたといえると考えます。
市況が大きく変動しても、持ち家を購入して自宅として使用するベネフィット(効用)の高さは変わりません。そこが投資物件の購入とは違うところです。
住まい手の皆さんのライフステージやライフスタイルに応じて、時に住み替えも検討しながら、ベストの住まいを見つけることで、ベネフィットを享受できると考えています。不動産の価格は永遠に上昇し続けることはありませんが、たとえ次の調整局面が訪れるとしてもそれは穏やかな変化の中で進むと見ています。当面バブル崩壊のような大きな市場変動要因が見当たらない現在、住まい探しも肯定的に捉えてよいのではないでしょうか。
吉野 薫
日系大手シンクタンクを経て一般財団法人日本不動産研究所で不動産エコノミストを務める。国内外のマクロ経済と不動産市場に関する調査研究や、日本の不動産市場の国際化に関する調査に従事。
※ 2019年7月31日本編公開時の情報に基づき作成しております。情報更新により本編の内容が変更となる場合がございます。 ※ 本コンテンツは、不動産購入および不動産売却をご検討頂く際の考え方の一例です。
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