新型コロナの影響を受けた初の全国地価調査 全国全用途平均では対前年変動率がマイナスに

不動産エコノミストが解説 2020年基準地価

この記事の概要

  • 9月末に2020年の基準地価が公表されました。新型コロナウイルス感染拡大の影響が加味された初の全国的な地価調査です。近年、全国全用途平均の対前年変動率は上昇基調にありましたが、今回はマイナスに転じています。不動産エコノミストの吉野薫さんは、変動率は2016年ころの水準に戻ったと分析し、新型コロナウイルスの影響の大きさについては2021年3月の公示地価で、よりはっきりすると指摘します。

国土交通省が9月、2020年の基準地価を公表しました。2020年7月1日時点の基準地の正常価格を各都道府県が調査し、国土交通省がとりまとめて公表したものです。日本不動産研究所の不動産エコノミストである吉野薫さんに、2020年の基準地価で注目すべきポイントを解説していただきました。

吉野薫さん

地域ごと・用途ごとの動向を分析すると、対前年変動率は2016年基準地価の水準に戻った語る吉野氏

9月に国土交通省が2020年の基準地価を公表しました。全体動向の注目点から解説してください。

吉野:2020年の基準地価は、新型コロナウイルス感染拡大の影響が加味された全国的な公的な地価調査ということで非常に注目されました。近年、大都市圏は上昇、地方圏でもほぼ横ばいまで回復してきた地価動向がどのように変化しているのか、興味を持っている方も多いと思います。

まず、全国全用途の平均の変動率はマイナス0.6%でした。2019年はプラス0.4%でしたから、新型コロナウイルスの影響によって、地価は上昇から下落に転じたことになります。ただし、全国全用途の平均だけを見ても、地価動向は正確に判断できませんから、もう少しくわしく見てみましょう。

不動産は評価地点ごとに状況が異なりますから、評価地点別の動向を見てみます(表1)。全国で見ると、上昇した評価地点の比率は、商業地が約15ポイント、住宅地が10ポイント減少しています。その分、下落した評価地点の比率が増加しています。

上昇地点の減少が顕著なのは、三大都市圏(東京圏、名古屋圏、大阪圏)です。全用途で見ると2019年は6割近くの評価地点で上昇していましたが、2020年で上昇したのは評価地点の3分の1に過ぎません。それと比較すると地方圏の変化は穏やかになっています。

地方圏の中でも地方四市(札幌、仙台、広島、福岡)では、全用途で見ても上昇地点が9割を超え、2019年とほとんど変わっていません。ただし、平均上昇率はプラス6.8%からプラス4.5%に下がっています。

■表1 地域別、用途別の変動地点比率(単位:%)

表1 地域別、用途別の変動地点比率(単位:%)

確かに、三大都市圏と地方圏など、かなりエリアによって動向が異なりますね。それでは、前年との比較ではなく、もう少し長いスパンで見るとどういうことが言えるでしょうか

吉野:この数年上昇傾向が強かった三大都市圏ではかなり強いブレーキがかかり、なんとか下落傾向に歯止めがかかってきた地方圏では、少しだけ下落傾向が強まったというところでしょうか。より具体的に言えば、2016年の基準地価の動向と同じようなレベルに戻ったという感じです。

2016年基準地価の全国全用途の対前年変動率は、2020年と同様のマイナス0.6%でした。2016年と2020年で違っているのは、2020年は、商業地の下落が目立ち(2016年0.0%、2020年マイナス0.3%)一方、工業地は上昇が顕著なこと(2016年マイナス0.5%、2020年プラス0.2%)です。これは新型コロナウイルスの影響で、繁華街がダメージを受けたのに対して、巣籠り消費によるネット通販の拡大などによって、工業地の物流施設需要が増加したことによると思います。

まとめると、2020年の基準地価の結果は、少し長期的なスパンで見ると、下落傾向が明確になったというよりは、動向が2016年ころの水準に戻ったということになると思います。

2020年基準地価を語るうえで、新型コロナウイルス感染拡大の影響は外せません。どのような影響が見られますか。

吉野:まず、第一に挙げられるのは、インバウンド消費の激減、そして飲食業・サービス業の苦境です。各地の「繁華街」と呼ばれる地域は軒並み厳しい状況でしたね。それが顕著に見れられるのが東京中央区銀座です。銀座7丁目の評価地点の対前年変動率はマイナス5.9%で、東京圏の商業地の中で一番の高い下落率でした。2番目も銀座2丁目でマイナス5.1%でした。大阪圏の商業地では大阪の“ミナミ”と呼ばれる外国人観光客の多い地域の下落が目立ちました。

飲食店を中心に、既存店の客数が減って閉店を余儀なくされたり、新規出店・増店の動きが少なくなったりしています。外国人観光客を当て込んでいたドラッグストアなども厳しい状況が続いています。ホテルの稼働率も大幅に低下しました。当然、賃料や空室率に影響が出ていますから、どうしても地価は弱含みになっています。

これらは商業地を中心とした影響ですが、住宅地にも影響が出ています。住宅取得の意欲は、賃金や雇用の見通しと密接に関係しています。新型コロナウイルス感染拡大の影響で景気の先行きの不透明感が増し、賃金や雇用に対する不安感が生じていることが、住宅地の地価に影響与えています。

本来、地価は景気の遅行指標であり、実態経済の悪化を受けて動く傾向が強いのですが、今回、コロナウイルス感染拡大の影響は非常に早く地価に反映されていると思います。インバウンドの減少や、飲食・サービス業の不振などは、分かりやすく統計指標などで読み取れるようになる前に、ほとんどの国民の共通認識となったからだと思います。

新型コロナウイルス感染拡大以外に、2020年基準地価に影響を与えた要因はありますか。

吉野:日本全国の住宅地を細かくチェックしていくと、災害に対する危険性が影響を与えているケースが見られます。昨年、台風による大きな被害を受けた長野県や福島県の住宅地の中には、それによって下落していると考えられる地点があります。

また、地方だけでなく、東京都日野市でも土砂災害のリスクが地価の下落に影響していると思われる評価地点がありました。不動産取引の際の重要事項説明でもハザードマップの説明が義務付けられるようになるなど、災害関連の注意を促す動きは強化されていますから、今後も、災害に対する危険性が不動産価格に影響を及ぼす傾向は続くのではないでしょうか。

新型コロナウイルスの感染拡大は、日本経済に非常に大きな影響を与えました。それと比較すると今回、基準地価に表れた影響は小さいようにも思えるのですが。

吉野:今回の基準地価は、2020年7月1日までの1年間の変化です。新型コロナウイルス感染拡大が、実際に、経済に影響を与え始めたのは2月後半ないし3月以降ですから、約4カ月分の影響を織り込んだにすぎません。その前の8カ月間は東京五輪開催を控えて、インバウンド消費もよりいっそうの拡大が見込まれる中、不動産市場も2019年基準地価調査の勢いを持続していました。ですから、好調な8カ月と不振の4カ月が合わさった調査結果と言えます。

2020年1月の地価公示との共通地点における半年ごとの変動率を見てみると、それがはっきり分かります(表2)。共通地点だけの集計なので、年間変動率も最初に紹介したエリアごとデータとは異なりますが、ご覧の通り、前半(2019年7月1日~2020年1月1日)は、近年の基準地価の動向と同じくかなりの上昇になっています。一方、後半(2020年1月1日から2020年7月1日)は下落に転じています。

■表2 地価公示との共通地点における半年ごとの地価変動率推移(単位:%)

表2 地価公示との共通地点における半年ごとの地価変動率推移(単位:%)

こうした点を考えると、今回の基準地価は、新型コロナウイルス感染拡大の影響をしっかりと織り込んでいるとはいえません。瞬間風速的な影響はもっと大きい可能性があります。それがしっかりとデータに反映されるのは、2021年1月時点の公示地価ということになるでしょう。

新型コロナウイルスの感染拡大の実体経済の影響がどれだけ続くか、どれだけの大きさになるかも、今後徐々に見通しが明確になっていくと思われます。それによる企業活動の停滞や賃金・雇用の不安がどれだけ広がるかによっても、地価の動向は変わってきますので、引き続きウオッチすることが大切です。

このように説明すると、今後、バブルの崩壊の時のように地価が大幅に下落するのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私はそのようには予測していません。バブル崩壊後の大幅な地価下落は、不動産市場の構造要因と金融問題が重なったことによるものです。今回は、新型コロナウイルスの感染拡大という“事故”のようなものでしたが、それ以前にはバブルを引き起こすような構造要因は生じていませんでした。ワクチンや治療薬が開発されたり、「ウィズ・コロナ」の経済が定着したりすれば、いずれ影響は収束するはずです。現状では金融市場も揺らいでいません。今後、しばらくは地価動向の動きから目を離せないことは事実ですが、バブル崩壊の時のようなことにはならないと思っています。

解説

吉野薫さんのプロフィール

日系大手シンクタンクを経て一般財団法人 日本不動産研究所で不動産エコノミストを務める。国内外のマクロ経済と不動産市場に関する調査研究や、日本の不動産市場の国際化に関する調査に従事。

※ 本コンテンツは、不動産購入および不動産売却をご検討頂く際の考え方の一例です。

※ 2020年10月20日本編公開時の情報に基づき作成しております。情報更新により本編の内容が変更となる場合がございます。