不動産・株式譲渡所得に潜む「1億円の壁」とは?
毎年の所得金額に応じて定められる所得税。日本での所得にかかる課税ルールは、大きく「総合課税」と「分離課税」とに分けられます。給与所得や事業所得などは総合課税が適用され、所得金額に応じて税率は5〜45%と累進的に上昇していきます。一方、株式譲渡所得や不動産譲渡所得は分離課税が適用されますが、どれだけ高額所得であっても原則15%(復興特別所得税及び防衛特別所得税を除いた数字)と一律の税率が適用されます。
(表1)所得税の負担率(2023年分:ミニマムタックス導入前)
| 課税制度 |
所得税の計算方法 |
税額 |
主な所得の種類 |
| 総合課税 |
各種の所得金額を合計し、税額を計算 |
5%〜45% (超過累進税率) |
給与所得、事業所得、不動産所得、利子所得、配当所得、譲渡所得*2、一時所得、雑所得など |
| 分離課税 |
他の所得金額と合計せず、分離して税額を計算 |
15%*1 |
退職所得、山林所得、土地建物等の譲渡による譲渡所得、株式等の譲渡所得等、一定の先物取引による雑所得等など |
*1 復興特別所得税及び防衛特別所得税を除いた数字
*2 土地・建物等及び株式等の譲渡による譲渡所得等を除く
出典:国税庁資料を基に筆者作成
一般に、所得が高額になるほど株式譲渡所得や不動産所得などの比率が高くなる傾向があります(図1)。
(図1)合計所得金額のうち、「株式譲渡所得等+分離長期譲渡所得(土地建物)」の占める割合(2020年分:ミニマムタックス導入前)

出典:財務省「第17回 税制調査会(2022年10月4日)資料」を基に筆者作成
株式譲渡所得や不動産譲渡所得は分離課税として、総合課税より低い税率が掛けられるため、一定の所得金額以上になると所得税の負担率が低くなる状況がありました(図2)。所得税の負担率が1億円とそれ以上とで逆転する(高所得者の方が負担率が低くなる)ため、「1億円の壁」などとも呼ばれていました。
(図2)申告納税者の所得税負担率(2020年分:ミニマムタックス導入前)

出典:財務省「第17回 税制調査会(2022年10月4日)資料」を基に筆者作成
こうした不公平感を是正するため、要件を満たす高所得者に対して追加課税を行うミニマムタックスが創設され、2025年分から適用されているわけです。
基準所得金額が9.9億円超⇒3.3億円超と適用対象が大幅拡大!
現行のミニマムタックスは、目安として基準所得金額(※)が9.9億円超の超富裕層が対象とされています。しかし今回の改正によって、2027年分から3.3億円超と適用対象者が大幅に拡大します。基準となる所得金額が低くなったのは、特別控除額と税率の変更によるものです。
(※)その年に稼いだ所得を全部足した金額。給与や年金だけでなく、株式の売却益や配当、不動産売却益なども含まれます。
(表2)ミニマムタックスで追加的に課される税額の基本計算式
| 適用年 |
計算ルール* |
| 現行(2026年分) |
(基準所得金額−特別控除額3.3億円)×22.5% |
| 改正後(2027年分から適用) |
(基準所得金額−特別控除額1.65億円)×30.0% |
*この計算式による税額と従来の所得税額と比較し、ミニマムタックスの税額の方が高ければその差額分が追加課税されます
出典:財務省「令和8年度税制改正の大綱」等を基に筆者作成
基準所得にかかる特別控除額が3.3億円から1.65億円に引き下げられたことと、税率が22.5%から30.0%に引き上げられたことで、ミニマムタックスが適用される所得金額が低くなってしまったわけです。
ミニマムタックスの適用される基準所得が3.3億円とされるのは、分離課税分の所得金額が3.3億円を超えると基準所得の税額より高額になるためです。表3は分離課税分の基準所得金額3〜3.5億円での税額試算例ですが、3.3億円を超えると基準所得税額より高額になるため、ミニマムタックスの追加税額が発生するというわけです。
(表3)改正後の税額試算例(分離課税分の基準所得金額3〜3.5億円)
| 基準所得金額 |
ミニマムタックスによる 税額 |
比較 |
基準所得税額 |
適用される税額 (色地が適用) |
| 3億円 |
(3億−特別控除1.65億)× 税率30% 4050万円 |
< |
3億×税率15% 4500万円 |
4500万円 |
| 3.3億円 |
(3.3億−特別控除1.65億)× 税率30% 4950万円 |
= |
3.3億×税率15% 4950万円 |
4950万円 |
| 3.5億円 |
(3.5億−特別控除1.65億)× 税率30% 5550万円 |
> |
3.5億×税率15% 5250万円 |
5550万円 (基準所得より 300万円追加課税) |
出典:財務省「令和8年度税制改正の大綱」等を基に筆者作成
3.3億円という基準は、不動産所得の例では賃貸用の1棟マンションや、東京都心部のハイクラスマンション1戸を売却するだけでも網にかかってしまうような数字です(各種控除もありますが)。これまで、ミニマムタックスは超富裕層向けとも言われてきましたが、改正によって富裕層全般にかかる税制になったと言えるのではないでしょうか。
出口戦略の重要性〜これからは年単位でのバランスよい売却計画を
不動産や相続などの税務に強い東京シティ税理士事務所 所長の村岡清樹氏は、今回のミニマムタックス改正への現在取れる対策として2つの例を挙げています。
一つは、近い将来に大型・高額の不動産や株式売却を予定している場合、2026年のうちに売却を済ませてしまうことです。「ミニマムタックスが適用されるほど不動産譲渡所得や株式譲渡所得が大きくなりそうな場合、現行の税率が適用される年内に売却することで税額を低く抑えられます。売買契約を年内に済ませておけば、引き渡しが来年になっても、26年分の確定申告で現行の計算法で処理できます。」(村岡氏、以下同)
(表4)5億円の分離課税所得に対するミニマムタックス税額比較(2026年/2027年)
| 適用年 |
ミニマムタックスによる 税額 |
基準所得税額 |
適用される税額 (色地が適用) |
ミニマムタックス 追加課税額 |
| 2026年 |
(5億−特別控除3.3億)× 税率22.5% 3825万円 |
5億×税率15% 7500万円 |
7500万円 |
追加課税なし |
| 2027年 |
(5億−特別控除1.65億)× 税率30% 1億50万円 |
5億×税率15% 7500万円 |
1億50万円 |
2550万円 |
*わかりやすさのため、分離課税所得のみで試算(総合課税所得は含まない)
*筆者作成
例えば株式や不動産の売却など、分離課税分の所得が5億円程度見込める場合、2026年に売却するのと27年以降に売却するのでは税額に2550万円もの開きが生じます。現在売却時期をうかがっているような方は、多少の利益差が生じたとしても年内に売却した方がメリットがあり、トータルで手元資産が多く残せる可能性が高いのではないでしょうか。
もう一つは、ミニマムタックス改正後の2027年以降について、不動産や株式などの売却について極力分散し、毎年の所得が高額になり過ぎないようバランスのよい出口戦略を築いていくことです。「1つの年に売却が集中してしまうとその年の所得が突出してしまい、ミニマムタックスが適用されやすい資産について、分割売却が可能であれば数回に分けて売却するなど、可能な限り時期や金額をコントロールしていくことが大切です。」
とはいえ、最終的な売却益がどの程度になるか予測しづらいケースもあり、ご自身だけではチェックが難しい場合も出てくるかと思います。そうした備えとして、今後は資産形成においてプロのアドバイスを受けることも大切になっていくのではないでしょうか。
「不動産投資において、月々の賃料収入は総合課税ですが、売却益は分離課税でミニマムタックスの対象になります。今回の改正によって、超富裕層だけでなく、ミニマムタックスの適用対象者が拡大されますので、出口戦略についてこれまで以上に慎重な検討が大切になっていくかと思います。」
※正確なミニマムタックスの影響額は他の所得の状況によって変動するため、専門家にご相談ください。