全国全用途平均で27年ぶりに上昇に転じる ~実質的な利便性で格差が生じている~

不動産エコノミストが解説 2018年基準地価

この記事の概要

  •  9月に2018年の基準地価が公表されました。注目されるのは、全国全用途平均で、バブル期以来27年ぶりにわずかですが上昇に転じたことです。地方圏はまだわずかに下落していますが、三大都市圏(東京圏、大阪圏、名古屋圏)は6年連続の上昇です。不動産エコノミストの吉野薫さんは、実質的利便性を重視する動きに注目しています。

国土交通省が9月、2018年の基準地価を公表しました。2018年7月時点の基準地の正常価格を各都道府県が調査し、国土交通省がとりまとめて公表したものです。不動産市場の動向に詳しい、日本不動産研究所の不動産エコノミストである吉野薫さんに、2018年の基準地価のポイントについて解説していただきました。

不動産エコノミストを務める吉野薫さん

従来からのイメージや価値観よりも、実質的な利便性が評価されるようになったと分析する吉野氏

9月に国土交通省が2018年の基準地価を公表しました。まずは全体動向から解説してください。

吉野:2018年の最大のトピックは、全国全用途平均が1991年以来、27年ぶりに上昇したことです。発表では、全国の基準地(調査対象:2万1578地点)の対前年平均変動率はプラス0.1%でした。前年はマイナス0.3%、その前はマイナス0.6%でしたから、徐々に回復し、ようやくプラスに転じたことになります。

ただ、これはあくまでも平均であって、全国すべてが上昇しているわけではありません。例えば、三大都市圏(東京圏、大阪圏、名古屋圏)はプラス1.7%でしたが、それ以外の地方圏はマイナス0.6%でした。

地方の地価は回復していないということですか?

吉野:いえ、データの推移を見ると必ずしも、そうともいえません。分かりやすいのはリーマンショック前、2006年ころの基準地価の動向との比較です。この時期は、ミニバブルと呼ばれることがあるのですが、東京都心を中心に地価が急騰しました。その結果、三大都市圏は全用途平均で2005年の対前年比マイナス2.9%から、2006年にはプラス0.9%になりました。翌2007年にはプラス5.1%にまで上昇しています。

このように三大都市圏はかなりの上昇を見せていたわけですが、同時期、地方圏はどうだったのでしょうか。2005年マイナス4.7%、2006年マイナス3.5%、2007年マイナス2.4%と多少改善傾向はありますが、かなりの下落幅です。今回はミニバブルの時と比較すると、地価回復が地方圏にも波及したことがお分かりいただけると思います。

ミニバブル期の全用途平均の対前年変動率推移

(単位:%)

2005 2006 2007
三大都市圏 ▲2.9 0.9 5.1
東京圏 ▲2.5 1.3 6.3
大阪圏 ▲3.9 0.4 3.5
名古屋圏 ▲2.6 0.1 3.1
地方圏 ▲4.7 ▲3.5 ▲2.4
地方4都市 ▲4.3 ▲0.3 ▲3.7
その他 ▲4.7 ▲3.7 ▲2.7
全国 ▲4.2 ▲2.4 ▲0.5

直近3年間の全用途平均の対前年変動率推移

(単位:%)

2016 2017 2018
三大都市圏 1.0 1.2 1.7
東京圏 1.1 1.3 1.8
大阪圏 0.8 1.1 1.4
名古屋圏 1.1 1.2 1.5
地方圏 ▲1.2 ▲0.9 ▲0.6
地方4都市 4.0 4.6 5.8
その他 ▲1.4 ▲1.1 ▲0.8
全国 ▲0.6 ▲0.3 ▲0.1

それでも地方圏はまだマイナスが続いています。
三大都市圏との格差が開いているのでは?

吉野:私は三大都市圏と地方圏で格差が開いているということもさることながら、エリアそれぞれの中で格差が生じていることがより重要であると分析しています。三大都市圏でも地方圏でも、上昇が目立つ場所がある一方、下落が続いている場所もあるということです。

両者を分けている第一の要因は、実質的な利便性です。従来の価値観やイメージではなく、本当に便利に暮らせるかどうかが評価のポイントになっています。戦後、大都市、地方都市とも住宅地が拡大してきました。
一方、交通利便性は良くても昔は事業所、工場、倉庫が中心で、住環境としては必ずしも良くなかった地域が、最近の再開発によって非常に暮らしやすくなっているケースがあります。ちょっと前までは敬遠される場所だったのが、人気の場所に変わることも珍しくありません。

実質的な利便性が地価動向に反映している代表的なケースはどこですか?

吉野:東京都では、以前は、西側のほうが北側や東側よりも住宅地として人気があったと思います。しかし、最近は交通利便性が良くなり、再開発が盛んな北側や東側のほうが地価上昇が目立っています。2018年、東京都で住宅地の平均上昇率が一番高かったのは荒川区、2番目が北区で、両方とも北側に位置しています。足立区、江東区、墨田区といった北側、東側の区は軒並み23区平均よりも高い上昇率になっています。

それに対して、従来人気のあった西側の杉並区、世田谷区、中野区の上昇率は23区平均を下回っています。さらに西側の東京都の市部では23区平均よりも上昇率が高かった自治体は一つもありません。こうした実質的な利便性をシビアに評価する動きは全国で同様に見られます。

働き方改革の影響で、日本人の働く場所と住む場所の関係に関する考え方が、今後さらに変わると思います。プライベートの時間を増やすために通勤時間はできるだけ短くしたいという要求が増すでしょう。その意味で今後は職住近接をめざし、交通利便性をより重視するでしょう。さらに、プライベートの充実のために生活利便性を求める動きも高まります。将来の資産価値を守るという意味でも、住宅取得時にこうした利便性重視の動きを考慮する必要があります。

実質的な利便性以外に地価動向に影響を与えている要素は?

吉野:インバウンド需要の影響はかなり大きいでしょう。インバウンド需要によって、地方に雇用が生まれています。仕事がある地域は人口が増え、住宅需要も増加します。商業地だけでなく、住宅地も活性化するのです。その好例が金沢市です。金沢市の商業地の2018年の対前年変動率は4.6%の上昇、住宅地も1.5%の上昇でした。その他にも、北海道倶知安町、岐阜県高山市、京都市東山区などインバウンド需要の影響を受けて、地価が上昇したケースは全国各地でみられます。

ただ、インバウンド需要によって地域に生じる業務の付加価値が高くないケースが少なくないのが中長期的には懸念材料です。付加価値の高い業務は地域外の企業などが担当し、現場の付加価値の高くない業務だけが地方に配分される傾向があります。そうなると地域経済への好影響も伸び悩んでしまいます。

その他に今回の基準地価から読み取れることは?

吉野:最近、日本全国で自然災害が目立ちます。地価にもその影響が及んでいます。例えば、2014年(平成26年)に大規模な土砂災害に見舞われた広島市では、区画整理が行き届いた平坦な住宅地で地価上昇が見られる一方、山側の傾斜地にある住宅地の下落が目立ちます。逆に名古屋市では、大雨による洪水・浸水の危険がある海側が敬遠されています。こうした地域は従来、住宅地ではなかったエリアを開発したケースも少なくありません。

昔から災害に強かった場所が見直されています。

2019年は消費税率アップ、2020年は東京五輪があります。その影響は?

吉野:消費税率アップの影響は、今後の景気対策次第の面がありますが、不動産市況を大きく転換するような要因にはならないものと見ています。東京五輪についても、開催後に地価が大幅に下落するという見方もありますが、私はそうはならないと考えています。それより、米国と中国の貿易戦争の行方の方が地価に影響すると思います。世界経済が動揺すれば、日本の景気動向、ひいては不動産にも必ず悪影響が及ぶからです。

解説

吉野薫さんのプロフィール

日系大手シンクタンクを経て一般財団法人 日本不動産研究所で不動産エコノミストを務める。国内外のマクロ経済と不動産市場に関する調査研究や、日本の不動産市場の国際化に関する調査に従事。

※ 本コンテンツは、不動産購入および不動産売却をご検討頂く際の考え方の一例です。